陰陽両極を経験して使命がわかる

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世界観プロモーション飯沼暢子です。『起業してまであるメッセージを伝えたい』と思う人は、少し特殊な経験をしていることが多い。

そしてそれは時に悲しい経験であることも。

それが例えば家族の愛が得られなかったことであれば、逆に家族の愛を伝えることが使命だったりするし、大切な人を亡くす経験であれば、命を伝えることが使命だったりする。貧乏に苦労したら、お金について伝えることが使命とか。

なぜわざわざ悲しい経験をしなければならないかと言えば…

意識を拡大させることでしか使命を全し、既成概念を塗り替えるほどの影響力を持てないから。

意識の拡大にはそのテーマの「光(一見いい部分)と闇(一見わるい部分)」両極の経験が必要で、その振り幅により取り扱えるテーマの扱い方の深さが決まる。闇がないと光には気づかないから、先に悲しいなどの経験、闇の方が来ることが多いのでしょうね。

そして、闇を味わったら、次は光を味わってこそ、なのだけれど、たいていの場合闇の経験が強烈すぎて、実は光の部分の出来事が目の前に起こっていても、闇の部分が拡大し、闇に引きずられたまま動けなくなることがある。これが恐れや偏りや執着。

こういうときは、手放さなければならないものが何かある。例えば、やっと手に入れた目の前の幸せがあるのに、実は無くなる怖さにいつも苛まれているとき。これは「持っていることがいいこと」で「持っていないことはわるいこと」という偏りが入っている。

正解は、「持っているのはいいこと」だけど、「持っていないにもいいことがある」と捉えること。光にも存在意義があり、闇にも存在意義がある。光(一見いいこと)に執着を持つと、闇が深まりまた一見わるいことが現実化したりするから不思議ですね。

闇の存在意義を認めると、「いい部分も悪い部分も受け止めて自分はそのテーマを取り扱う」と肚決め(はらぎめ)ができて、両極からいつの間にか真に穏やかな中庸ゾーンに入り、中庸にいながら意識の拡大、影響力の拡大ができるように思います。

 

人生に無駄なことはなく、傷ついても勇気を出して使命に向かう人は美しい。
怖いですけどね。
人生は日々修行ですね。